「葬式仏教」と揶揄され、形式主義に陥ったと見なされがちな現代仏教――研究者でもあり天台宗の僧侶でもある著者が、当世のお寺事情とともに仏教本来の役割を明らかにし、宗教人の品格を問う手引書。
第Ⅰ部 僧侶の品格――当世お寺事情
第一章 住職学――葬式法事の実践学
はじめに
一 心理的側面から―「ありがたみ」
二 実践的側面から――「そのこと、寺が預る」という心意気、気概および責任論について
三 世界観の側面から――生死一如
四 論理的側面から――理屈は後からついてくる
第二章 現代社会における仏教の役割――葬儀の意義と意味
はじめに
一 お葬式の意義
二 住職の役割
三 住職の基本的な心構え
第三章 僧侶の品格――仏教の理念は人々を導けるか
一 仏教は現代社会においてその役割を果たしているか――危機感と使命感
二 宗教の働き――救いと元気
三 道徳と宗教――goodと evil
四 寺の存在意義と社会的使命
五 僧侶の使命と現代的任務
六 衆生済度の道――四摂法と四無量心
七 四顚倒を克服する――四念処の修行
第四章 どうして故人を成仏させることができるのか――天台常用経本を元に
はじめに
一 自我偈の善巧方便
二 光明供における三力
三 法華懺法における発遣力
四 例時作法の引接力
五 常用勤行儀
六 梵網経に見る戒力
七 十三仏の構成
八 導師の責務
第五章 戒名の力
一 お寺とお檀家をつなぐもの
二 お葬式においてもっとも中心となるものは戒名
三 この世とあの世の連続の証し
四 戒名作成の意図と心得
五 故人についての情報の収集
六 実際の文字選択の心得
七 戒名作成に核となる文字の事例
八 おわりに
第六章 自死について――四摂法と法華経をもとにしての提言
一 自死論のアウトライン
二 「自死」理解の道は「同事」である
三 積極的な「自死」とそれが反転したとき
四 自死は地獄である
五 自死の回避に僧侶ができること
第Ⅱ部 教学と現場の間―より深くより広くより密に
第一章 先祖について――観業相境の観点から
一 問題の所在
二 自業自得の教説と先祖崇拝との矛盾
三 「親の因果が子に祟り」は教学的に根拠があるのか
四 「羹に懲りて膾を吹く」の道理
五 いかにして先祖という業相を観ずるか
六 共業としての先祖
第二章 霊魂論への視座――天台僧侶としての見方
はじめに
一 宗教活動の現場から
二 カントの霊魂論
三 意味論的霊魂論
四 死後イメージ
五 極楽往生と観心釈
第三章 樹木葬や散骨の問題に応えるパラダイム・シフト論としての四教(蔵・通・別・円)
一 問題の所在
二 パラダイム・シフトとしての四教
三 二諦説によるシフト論
四 「趣き」論
五 趣くことの意義
第四章 「非道を行ずれば仏道に通達す」考――天台性悪論の拠点としての維摩説 悪論への提言
一 非行を行ずるとは
二 非道についての天台大師説
三 悪事の悪について
四 法性即無明
第五章 魔事、不幸な偶然的出来事について――事故に遭うのは偶然か
一 偶然の出来事
二 「事故」を「魔事」として議論するのは可能か
三 「事故」に関する把握の仕方
四 仏界即ち魔界
第三部 宗教と道徳
第一章 デューイ宗教論再考――デューイへの疑義を通して
一 「宗教的質」について
二 理念と存在との同一視の問題
三 解釈の問題
四 因果と実体の問題
五 「全体」の問題
六 共同体と定義の問題
七 宗教の役割
第二章 宗教教育の可能性――デューイ宗教論を導きとして
一 宗教教育の現状と課題の解析
二 道徳教育における「宗教的なもの」
三 理念的なもの
四 「全体性」の理念のリスクと「宗教的なもの」のリスク
五 知識、道徳、宗教の違い