学びをささえる出版社

国学の「日本」

その自国意識と自国語意識
樋口達郎(著)
ISBN 978-4-7793-0464-4
A5判
246ページ
2015/07/10 刊行
定価 ¥ 3,200+税

日本とは何か。日本の思想的基盤をなしてきた儒学が中国・仏教に影響を受ける中、日本固有の文化を典拠とした自国を規定しようとする試みとしての国学の成立を明らかにするとともに、自国語意識という視点を加えることで日本思想の研究に新たな視点を提供する。

目次

序章 「自国」への問い――その射程と方向性
第一章 儒学から国学へ
 一 江戸時代における儒学の滲透と思想的「華夷秩序」
 二 「主」たる自国の放逐 
 三 『中国辨』をめぐる論争
 四 徂徠学の分裂と『辨道書』の余波
 五 「華夷秩序」の解体 
第二章 「道」と「哥」――「古へ」へのまなざし
 一 『辨道書』の内実
 二 「道」のありか 
 三 「道」とは何か 
 四 「古へ」と「哥」 
 五 「哥」とはなにか
第三章 継承と超克
 一 『老子』への接近 
 二 『老子』受容の問題点――解釈の妥当性をめぐって
 三 老荘の先にあるもの
 四 宣長の「神ながらの道」  
第四章 歌の本体――宣長の歌解釈
 一 『排蘆小舟』第一条にみる歌解釈
 二 『萬葉集』を巡る価値の位相 
 三 「學び」の実相 
 四 歌の本然
 五 自国意識の奔出 
 六 歌を特別視するわけ 
 七 「日本」の再認識
第五章 自国語をめぐる意識の展開
 一 契沖の言語観 
 二 賀茂真淵の言語観(一) 
 三 賀茂真淵の言語観(二)
 四 本居宣長の言語観(一)  
 五 本居宣長の言語観(二) 
第六章 手段としての論争
 一 否定的手法による自国像の定立――論争的性格の由縁
 二 手法の弊害と「二面性」の問題 
 三 『呵刈葭』にみる宣長国学の問題点
 終章 自国意識と自国語意識